2017 / 04
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今日 11日 あの震災から 2年が経ちました。

同じように 寒い日です。

TVとかで 特集番組沢山やってますが

あまり 見ることができませんね。

何回か 津波の被害が 有った所に 行きましたが

見るだけで 辛いですね。

最初の1年間は そういった場所にも 行けませんでした。

手助けらしいことができるわけでもないのに

物見遊山のように 行っては ダメと思っていました。

この2年間で 被災した方とも 何度も会いましたが

皆さん 明るく 笑ってくれます。

多分 笑っていないと 心が折れるのかな なんて 思います。


なんか 取り留めの無いこと 書いてしまいましたが

私は 今日も 普段通りの生活が できてます。

そのことに 感謝して 小さなことでも 

被災地のために できることを やって行きたいと 思います。

今日 あらためて思ったことです。




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【ノリーダヨさんへ】
おはようございます。

川平湾 もう 言葉を失うくらい 綺麗!
40年前 まだ 信号機1つだけでしたか。
そういえば 西表島 信号機が 2つ
でも 実際に動いているのは 1つで
もう1つは 教材用で 入学式の時 1日だけ動くといってました。

沖縄人でも 感動するんですから 私など 北国の人間
冬は 鉛色の海が 当たり前。
感動するのが 当たり前ですね。
【こんばんは】
川平湾の あのコバルトブルーの海は 綺麗だねぇ!
私が最初に石垣島に行ったのは、40年近く前、
まだ、飛行機は プロペラのYS-11でした、
その当時 上空から見る、石垣の街は 赤瓦屋根の家が殆どで、
信号機も 登野城の交差点に一機だけある のどかな島でした。
その当時見た 川平湾の美しさは ウチナーンチュの私でも 感激したものです、
当時は、沖縄本島の海も 美しかったはずなのにね(笑)
【れぃんさんへ】
こんばんは。

なんか 落ち着かない気持ちって 有りますね。
不相応なこと 小さいことでも 続けていこうって思いますね。

自分なりに 頑張っていくことが 皆さんへの応援にもなるし
なんて 思いながら 頑張っていこうと思います。

何時も コメントありがとうございます。
素敵なコメントで 感謝しています。
【】
ピオーネ親父さん こんにちわ♪
私もココ一週間ほど不安で落ちつかなくて 凹んでおりました
でもその日を過ぎたら また 
自分のできることを続けていこうと思いはじめています
力をいただいたのは私の方でした
心をこめてその時はがんばうって思います^^
【ボス。さんへ】
そうですよね。
普通に生きていけることに 感謝ですね。
【トマトの夢3さんへ】
こんにちは。

やっぱりそうなんでしょうね。
私が 会った人は 笑っていなければ 生きていけない!
というような事 言ってました。
心からの笑顔じゃないんですね。
【こんにちは。】
想いは同じです。
【】
こんにちは
宮古出身の友人が帰省し
被災地の現状は まだまだ 切実な問題を抱えていて
本当の笑顔が見られなかった と話しておられました。
【美雨さんへ】
おはようございます。

そうですね。
私も 何回か 沿岸部に行きましたが
復興って なんだろう?なんて 現実見ました。
被災地の現況知っただけで 心が変わるような気がします。
小さいことでも なにか 気に留めておけば 繫がりますよね。

福島 家に帰れない人のこと 考えたら
簡単に 再稼働も言えない気がするんですが
経済最優先の政策 必ず行き詰まります。

八重の桜を 通して 福島の応援 素敵な考え。
私も 美雨さんの解説 楽しみに読ませていただいてます。
【まり姫さんへ】
おはようございます。

多分そうだと思います。
表面は 明るく振舞っても 心の奥には 傷跡が!
だと 思います。
それでも 明るく 振舞っていなければ 壊れそうだと思います。

政府は 国民一人一人の事 考えているんでしょうか?
政治家のスポンサーである 大企業のことだけ?

自分たちが その場所で 暮らしたら と考えたら
また 違うこと 行わざるをえないんじゃ と 思います。
こんな場所で 愚痴を言っても!!
【】
今年始めに、宮城に行ってきました。
まだまだ復旧してない海岸沿いを見て、これが現実なんだと改めて認識しました。
現地に行くことで何か心に刻まれることがあって、その後に何か少しでも自分なりにできることを考えられれば、それも被災地への支援に繋がっていきますね。

福島に至っては、原発の影響で戻れず故郷を捨てざるをえない人々・・・やるせない気持ちをどこに向けたらいいのか・・・大河ドラマ「八重の桜」で描かれる会津藩の理不尽な状況に似てます。
その中でも力強く、粘り強く生きていきます。
この八重の桜のレビューをブログに書くことで福島の復興に何かしら繋がればと思ってます。

【】
ピオーネ親父さんこんばんは~♪
私も会津と仙台に友人がいるので今年も年賀のあいさつをしましたが、表向きは明るく見せていても震災の傷跡が心に残っていると返事をくれました。
私は地元で見舞い品の発送のボランティアをしましたけど、とてもそれだけではダメだと思い、児童書や古着だけど寒さ除けになればとパーカーを数着送りましたよ。

被災地の自治体職員の数も市町村合併が災いして、今も不足していると聞きます。
国が十分復興対策をやっていないから、多くの避難民が帰ることもできないとは悲しいことですね。
安倍内閣になってから、医療補助の打ち切りや、生業補助も余計に悪くなったそうです。
なんか置き去りにされているみたいですね~
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Author:ピオーネ親父
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